平和と繁栄への誓い

始めの3秒間、蛇口からのお湯はエネルギーいらず。
節電の今、これもエコかな。

菅さんのもとでは節電したくねえな!
訪問したオヤジさんは言う。
「私もです!ばあ様が熱中症になったら大変だから、冷房ガンガンですよ。」

塗装会社の社長へは、小島一郎さんと訪問。
8月15日靖国神社へ参拝に行った話。

社長
「閣僚一人も参拝に行かなかったな。」
「お国のために戦った者が祭られてるんだからよ。
好きで行ったわけじゃねえ者もいる。いやいや行った者もいるんだから、なあ。」

終戦記念日にあたる日は、他国云々のまえに、
まずは国のために戦い亡くなった先祖をお参りするのが、
後世に生かされている者の礼儀ではないか。

「配慮」などというヘッピリ腰な輩たちに、国を守る気概が本当にあるのか。
実際の有事のときに、戦う決断と行動がとれるのか。
疑問符がいっぱいで、私は信用できない。

靖国神社に祭られてる、明治維新のさきがけとなって斃れた志士などの英霊、神霊が
「配慮」といってる者たちの姿を見たら、本当にかなしむと思うし、
すでにかなしんでいることだろう。
まったく浮かばれない。

先の大戦では、この江戸川区の地から日本軍にたくさん召集され戦死し、
民間人もたくさん亡くなった。

その死が無駄にならないように、戦後みなさまが築き上げてきたものをしっかりと受け継ぎ、
発展繁栄させ、次の世代に引き継いで参ります。

ヘッピリ腰な輩たちによって、日本が、この江戸川区が危うい目にあわぬよう、
しっかり訴え、啓蒙し、守っていく気概でおります。

いまいちど英霊、神霊に感謝をささげます。


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いどや物語

明治以前、わらぶき屋根の曲り屋だった細井家の庭には、水がこんこんと湧いておりました。

毎朝ご近所の皆さんが、その水を汲んで畑仕事に向かっておりました。

惜しげもなく水を汲ませる細井家は、いつしか「いどや」さんと呼ばれるようになりました。

屋号の誕生です。

時は流れて昭和。「いどや」を継ぐ、ほそい信之の父は、そば屋を開く時、修業先の「鈴木」の屋号を受けず、代々の屋号「いどや」を店の名前にしました。

いどやの精神を受け継ぐ、惜しげもなく盛る大もりそばは、食べきれないくらいです。

そして平成、「いどや」次代の跡取り「ほそい信之」は、皆様の声を大事に受取り、区政にしっかり届け、その実現のために働きます。井戸のように汲めども尽きない政策で、江戸川区を日本一住みやすい区にしてまいります。