ふところの深さ

西葛西にある「なぎさ和楽苑」の苑長に祖母と会いに行った。

「なぎさ和楽苑」は昭和55年に特別養護老人ホームの先駆けとして誕生しました。

天国にいる祖父も大変お世話になった施設。
当時は送迎サービスがなかったので、私も親に代わってよく送り迎えをした。

定年後、車いす生活となり、よく絵を描いていた祖父


苑長は本当にふところの深い方です。

以前の一利用者であるにもかかわらず、応接室に通してくださいました。

施設を利用してた頃の話や最近の身の上話など、祖母の話を一つ一つ受け入れて
聴かれる苑長。
当時大変お世話になった職員さんの話になると、今でもいるからここに呼んできますよ。と即席を立たれて呼びに行かれる。

苑の理念の中にある「常に地域における福祉ニーズの的確な把握に努め」「地域社会の要請に即応して」を体現されている苑長。

その職員さんとの話にも花が咲き、あっという間に30分。

お忙しい中の貴重な時間を私たちのために割いてくださった苑長。
本当にありがとうございました。

祖母「昔はあまり寄りつけない感じの苑長だったよ。でも、こんな年寄りの話をじっくり聴くのは大したもんだね。」
苑長の深みは「なぎさ和楽苑」30年の歴史が物語っている。

帰りは玄関まで出向いてくださった苑長、ホスピタリティのかたまりでした。

PS:玄関ドアが閉まる間際に見せた苑長の眼光は、経営者の鋭さを秘めていました。

【なぎさ和楽苑ホームページ】


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いどや物語

明治以前、わらぶき屋根の曲り屋だった細井家の庭には、水がこんこんと湧いておりました。

毎朝ご近所の皆さんが、その水を汲んで畑仕事に向かっておりました。

惜しげもなく水を汲ませる細井家は、いつしか「いどや」さんと呼ばれるようになりました。

屋号の誕生です。

時は流れて昭和。「いどや」を継ぐ、ほそい信之の父は、そば屋を開く時、修業先の「鈴木」の屋号を受けず、代々の屋号「いどや」を店の名前にしました。

いどやの精神を受け継ぐ、惜しげもなく盛る大もりそばは、食べきれないくらいです。

そして平成、「いどや」次代の跡取り「ほそい信之」は、皆様の声を大事に受取り、区政にしっかり届け、その実現のために働きます。井戸のように汲めども尽きない政策で、江戸川区を日本一住みやすい区にしてまいります。